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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)491号 判決

福岡県山門郡瀬高町上庄二二八番地

上告人

山下酒造株式会社

右代表者代表取締役

山下規矩次

右訴訟代理人弁護士

森安五郎

吉野作馬

同所一二一番地

被上告人

株式会社村石商店

右代表者清算人

村石栄三郎

具島久男

右訴訟代理人弁護士

白川慎一

右当事者間の契約履行請求事件について、福岡高等裁判所が昭和二六年六月一一日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差戻す。

理由

上告代理人森安五郎同吉野作馬の上告理由(後記)第二点ないし第四点について。

原判決の事実摘示及びその引用する第一審判決の事実摘示にはもちろん、記録について調べてみても、当事者から本件買戻権につき譲渡禁止の合意があつた旨の主張をした形跡を認めることができない。また仮りに被上告人の、本件買戻権は村石正太郎の一身に専属する権利で、被上告人の承認なくして為された上告人への譲渡は無効であるという趣旨の主張(第一審判決事実摘示被告答弁買戻契約に関する項(五))をもつて、原判決が譲渡禁止の暗黙の合意あることの主張と解し、右合意の存在を認定したものとしても、一身専属の権利の譲渡が被上告人の承諾を欠くが故に無効だという主張は、それ自体前後矛盾があり、これを直ちに譲渡禁止の暗黙の合意あることの主張を含むと解し、前記のような事実の認定をすることは独断に過ぎるの非難を免れない。さらにまた原判決は、譲渡禁止の暗黙の合意について、譲受人たる上告人の悪意を認定しているが、この点についても当事者からの主張が認められないことはもちろん、原判決挙示の各証拠によつては判示のような事情を認めるに十分でないのみならず、仮りにかかる事情があつたとしても、これだけで直ちに上告人の悪意を推認し得べきものではない。

以上説明のとおりであるから、原判決には理由不備審理不尽の違法があり、論旨は理由がある。

よつて他の論旨について判断するまでもなく、原判決を破棄すべきものとし、民訴四〇七条により、全裁判官一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二六年(オ)第四九一号

上告人(原告 被控訴人) 山下酒造株式会社

被上告人(被告 控訴人) 株式会社村石商店

上告代理人森安五郎、同吉野作馬の上告理由

原判決は左の顕著なる理由によつて破毀を免れない。

第一点 (本件買戻権の譲渡性に関し証拠によらずして事実を認定した違法)原判決は「然るに控訴会社は右買戻権の譲渡性を争うのでこの点につき考察するに、先きに認定した控訴会社設立の趣旨経過及び本件買戻契約が正太郎の更生発奮を目的として締結された事情と、買戻の条件が正太郎において控訴会社の払込株金及び営業上の権利義務の全部を引受けることとなつており(甲第十号証参照)その内容上営業譲渡に類するものを含んでおる事実とに鑑みるときは、本件買戻権は単純なる買戻権と異り正太郎若しくはその相続人なる特定の債権者に給付することを眼目とする債権であつて当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当である」と判示している、しかして前記判示中

(一) 本件買戻権の譲渡性に関しその前段において被上告会社設立の趣旨経過として「控訴会社主張の如く同会社設立の目的は被控訴人が主張するように正太郎の財産保全のためではなく、同人は昭和初年頃その経営当を得なかつたし、浪費の風もあつて財界の不況と相待つて金融難に陥り栄三郎、慎一、大等の酒造税納税の保証を受け、又慎一の保証で株式会社三池銀行から金融を受けていたが、他面被控訴会社代表者たる規矩次及び先代久吉からもその資金を借りており全く経済的に行詰つた結果栄三郎等に窮状を訴えたので、栄三郎及び慎一、大の三名において各金七千円宛合計二万一千円を出損して右栄三郎等の監着で営業を継続させ、正太郎には福岡に支店を設けて販売に従事させたが、同支店の売上金は遊蕩に費消し、情勢は愈々緊迫したので、同人の没落を防ぎ更生を期すると共に同人の家族の生活を維持し併せて栄三郎等の出損した資金の回収を計る必要から栄三郎等三名は正太郎と協議の上控訴会社を設立するに至つたものであつて、その株金払込については正太郎所有の酒税機械、器具、什器を正太郎父子の引受株に引当て、栄三郎等三名及びその子息には前記出捐金を以てその引受株に充当することとし、大体平等の割合で株式を割当て、栄三郎等三名の出損金額を右割当株式数で除して第一回の払込金を計算し即ち正太郎提供の機械、器具、什器は右割当株に対する払込金額に相応さすため当時の評価額よりも高価の八千円余に評価して出資に代え、又栄三郎の分については本来は正太郎所有の保有酒を売却して出損金の返還を受けその金員で払込むことにするのが順であるが当時直ちに売却するのは不利益であつたので正太郎と相談の上右の方式に代えて保有酒の価格を各払込んで出資をしたことにしたのであつて正太郎の財産のみを単純に現物出資して設立されたものでなく従つて同人個人の所有企業ではないこと」

(二) 「本件買戻契約が正太郎の更生発奮を目的として締結された事情」

(三) 「買戻の条件が正太郎において控訴会社の払込株金及び営業上の権利義務の全部を引受けることとなつており(甲第十号証)その内容上営業譲渡に類するものを含んでおる事実」

即ち右(一)(二)(三)の諸点を引用して以て譲渡禁止の暗黙の合意あることを説示しているのであつて右(一)(二)(三)以外には何ものも引用していないことは右判示自体によつて明白である。

然るに原判決が「本件買戻権は単純な買戻権と異り正太郎若しくはその相続人なる特定の債権者に給付することを眼目とする債権であつて、当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当である」と判示している事実については全く証明を欠くものであり、前記(一)(二)(三)に掲記の事実全部を綜合するも之を以て本件買戻権が正太郎若しくはその相続人なる特定の人に給付することを眼目とする債権でありしかも当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定し得べき証拠となるものではない原判決はこの点において全く証拠によらずして事実を認定した違法がある。

第二点 (当事者の主張しない事実によつて判決を為した違法)原判決は「控訴会社設立の趣旨経過及び本件買戻契約が正太郎の更生発奮を目的として締結された事情」中略「その内容上営業譲渡に類するものを含んでおる事実に鑑みるときは本件買戻権は単純な買戻権と異り正太郎若しくはその相続人なる特定の債権者に給付することを眼目とする債権であつて当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当である」と判示しているしかしながら本件買戻権について譲渡禁止の合意があつたということは当事者のいづれからも主張していないのである原判決事実摘示には「当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は控訴代理人において当審における証人村石隆一、川原大の各証言及び鑑定人島虎雄の鑑定の結果を援用した外はすべて原判決書当該摘示と同一であるからここにこれを引用する」と記載してあり又第一審判決書の事実摘示中被告代理人の陳述として「前記買戻契約は正太郎の戒心更正発奮の目的のみによつて締結されたのであるから右契約上の権利は正太郎の一身に専属する権利で被告会社の承認がなくて為された原告会社への譲渡は無効である」との記載があるけれども被上告人は当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたとの主張は為していない被上告人の主張する所謂一身専属権は法律上は民法第四百二十三条第一項但書に根拠を有するのであるがたといそれが債権の性質上譲渡性がないと云ふにあるとしても当事者の合意による譲渡禁止とは法律上の根拠性質を異にするのであつて一身専属権に属することの主張を以て直に当事者の合意による債権譲渡禁止の主張であると解することは出来ないのであるから原判決は当事者の主張しない事実によつて判決を為した違法あるものといわざるを得ない。

第三点 「民法第四百六十六条第二項には前項の規定は当事者が反対の意思表示した場合には之を適用せず但其意思表示は之を以て善意の第三者に対抗することを得ず」と規定しているのであるが第二点論旨の如く当事者双方は譲渡禁止の合意については全く主張立証をしていない、従つて上告人は本件譲受けは善意であつたことについても主張立証をしていないばかりでなくその責任もなかつたものである、即ち被上告人が債権譲渡禁止の合意があることの主張をしていないから上告人は民事訴訟法上譲受人として善意であることの主張立証を為す責任がなかつたのに原審が第二点の如く判決を為したのは其の結果に於て不法に立証責任を上告人に転稼せしめたものである原審が本件債権譲渡禁止の合意があり上告人において善意でないとして判決しようとするならばよろしく釈明権を行使し之を明らかにしなければならないのに原判決が事茲に出でなかつたのは審理不尽の違法があるか証拠の法則に反する違法がある。

第四点 原判決は「しかして成立に争のない乙第一号証の一、二、三原審証人村石フサノの証言により成立を認めらるゝ乙第十二、第十三号証の各一、二及び原審における控訴会社代表者村石栄三郎の供述を綜合すれば被控訴会社代表者山下規矩次と村石正太郎控訴会社側の村石栄三郎その他前記関係者等は何れも互に親族且つ同業者であつて、正太郎の酒造業に対し多年一方山下、他方栄三郎等の双方から金融その他の援助を与えてきた関係に至つて控訴会社設立後も山下としてはその成行に強い関心をもつていたことが明らかであるから、被控訴会社代表者山下は本件買戻特約成立の事情引いてその譲渡禁止の合意あることを知つていたものと推認するのが相当である従つて右譲渡はその効力なきものと云うべきである」と判示している、しかし上告会社代表者山下規矩次は本件買戻契約による債権を譲受くるまでは当事者間に該買戻契約の存在する事は勿論その前提となつている売買のあつたことさえも全然知らなかつたものである、被上告人の立証も亦存在しないものであつて全くこれが証拠はない、たとい原判決の説示するように上告会立代表者山下規矩次と栄三郎等の双方から正太郎の酒造業に対し金融その他の援助を与えて来た関係から被上告会社設立後も山下として其成行に強い関心をもつていたとしても只それだけの事情を以てしては前示の如く「被控訴会社代表者山下が本件買戻特約成立の事実とその事情、引いてはその譲渡禁止の合意のあること」を知つていたものと推認することはできない従つて原判決はこの点についても証拠によらず且つ実験則に反して事実を認定した違法があると信ずる。

第五点 原判決は「正太郎の希望により控訴会社設立の事情が前記のとおりであるからその全財産は同会社の所有となつたけれども将来同人が成功した暁において買戻を欲する場合には控訴会社はこれに応ずることとし正太郎において向う十ケ年内に控訴会社の払込株金及び業務上の権利義務の全部を引受けて買戻すことができる旨の特約を締結したのである云々」と説示し恰も右買戻特約につき「将来正太郎が成功した暁」なる条件を附してあつたように判示している、しかし右判決に引用の全証拠を綜合してもそのような条件を附した事実を認むることはできない、殊に若し不幸にして正太郎が成功しない場合には同人に於て本件買戻権を他に譲渡するかその他適当に処分して得た収入によつて一家の生計を維持し若しくば事業の立直しをすることも必ずしも不可能でないから特別の事情ない限り正太郎において右の如き不利益の条件を承諾する筈はないと推認するのが相当である、しかして原判決の叙上の認定は本件につき譲渡禁止の暗黙の合意あることを認むる前提の事情としたものであるが原判決はこの点においても証拠によらず且つ実験則に反して事実を認定した違法がある。

第六点 原判決は「然るに控訴会社は右買戻権の譲渡性を争うのでこの点につき考察するに」と判示しているが其意味は被上告人の主張が買戻権の譲渡性につき債権の性質上譲渡性がないと云うのが、又は譲渡禁止の合意があると云うのか即ちどんなに争つているかは判示されていない原判決は譲渡性につき争のある内容を判示しなければならないのにこれが判示しなかつたのは理由不備の違法がある。

第七点 原判決は「然るに控訴会社は右買戻権の譲渡性を争うのでこの点につき考察するに先きに認定した控訴会社設立の趣旨経過及び本件買戻契約が正太郎の更生発奮を目的として締結された事情と買戻の条件が正太郎において控訴会社の払込株金及び営業上の権利義務の全部を引受けることになつており(甲第十号証参照)その内容上営業譲渡に類するものを含んである事実とに鑑みるときは本件買戻権は単純な買戻権と異なり正太郎若しくはその相続人なる特定の債権者に給付することを眼目とする債権であつて当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当である」と判示している。

原判決が被上告人は「右買戻権の譲渡性を争う」と云い又「本件買戻権は単純な買戻権と異り、正太郎若しくはその相続人なる特定の債権者に給付することを眼目とする債権であつて」と判示している趣旨が本件買戻権は債権の性質上譲渡性のない意味であれば民法第四百六十六項第一項但書即ち「其性質が之を許さざるときは此限にあらず」との規定に該る場合である、然るに原判決はその次に「当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当である」と判示している債権の譲渡禁止は当事者の契約によるものであつて民法第四百六十六条第二項に規定するところである原判決は一面において債権の性質上譲渡性のないことを判示し他面においては契約によつて譲渡の禁止があることを判示しているのであつて、その理由には齟齬がある、又債権の性質上譲渡性の有無の問額と当事者間に譲渡禁止の契約の存否の問題とは叙上の如く法律の規定及び法理を異にするのであるから債権の性質上譲渡性もないが債権譲渡禁止の合意もあるというにあるならば矛盾である、又被上告人は右買戻権の性質上譲渡性がないと争うのに原判決が譲渡禁止の暗黙の合意があると云うのは法律の解釈適用を誤りたる違法があるか乃至は何故に然るかその理由を説示しなければならないのに原判決がこと茲に出でなかつたのは理由不備の違法でないならば審理不尽の違法がある。

第八点 原判決は買戻の条件が正太郎において控訴会社の払込株金及び営業上の権利義務の全部を引受けることとなつており(甲第十号証参照)その内容上営業譲渡に類するものを含んでおる事実とに鑑みるときは本件買戻権は単純な買戻権と異なり正太郎若しくはその相続人なる特定の債権者に給付することを眼目とする債権であつて当事者間に債権譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当である」と判示している。

しかし買戻権は一の財産権であつて其性質上一身に専属するものでなく又第三者に譲渡するも公の秩序善良の風俗に反するものでないから譲渡の有効であることは従来大審院の判例の認むるところであり又営業の譲渡は法律上においても一般的に認められており営業譲渡を包含する契約は反つて譲渡性を有するものと解することが社会の通念とするところである、原判決が営業譲渡を包含するから譲渡性なく、譲渡禁止の暗黙の合意があつたものと認定するのが相当であると判示したのは独断のそしりを免れないばかりでなく実験則に反する違法がある。

第九点 原判決は控訴会社主張の如く同会社の設立の目的は被控訴人の主張するように正太郎の財産保全のためでなく」中略「栄三郎及慎一、大の三名において各金七千円宛合計二万一千円を出損して右栄三郎の監督で営業を継続させ」中略「同人の没落を防ぎ更正を期すると共に同人の家族の生活を維持し併せて栄三郎等の出損した資金の回収を計る必要から栄三郎等三名は正太郎と協議の上控訴会社を設立するに至つたものであつて、その株金払込については正太郎所有の酒造用機械、器具、什器を正太郎父子の引受株に引当て、栄三郎等三名及びその子息には前記出損金を以て、その引受株に充当することとし大体平等の割合で株式を割当て栄三郎等三名の出損金額を右割当株式数で除して第一回の払込金を計算し即ち正太郎提供の機械、器具、什器は右割当株に対する払込金額に相応さすため当時の評価よりも高価の八千円に評価して出資に代え、又栄三郎等の分については本来は正太郎所有の保有酒を売却して出損金の返還を受けその金員で払込むことにするのが順であるが当時直に売却するのは不利であつたので正太郎と相談の上右の方法に代えて保有酒の価格を各払込んで出資したことにしたので正太郎の財産のみを単純に現物出資して設立されたものでなく従つて同人個人の所有企業ではないことを認めることができる」と判示し上告人が被上告会社設立の目的事情が正太郎の財産保全の方法として計画されたもので第一回株金払込は外観は現金払込のようになつているが実際は従来正太郎が個人経営していた酒造業の機械、器具、什器、酒類等同人の所有物件をもつて株式全部の第一回払込に充当し、実質上は正太郎の個人財産を現物出資し同人の所有企業として設立経営されたものであることの主張を排斥したのである。

しかし原判決の栄三郎等三名の七千円宛合計二万一千円の出損と云うのは融資であつて同人等が正太郎に対して有する債権に外ならない又正太郎所有の保有酒を売却して出損金の返還を受けその金員で払込むことにするのが順であるが当時直に売却するのは不利であつたので正太郎と相談の上右方法に代え保有酒の価格を各払人で出資したことにしたと説示し判示自体が正太郎の所有酒であることを認めている、之等物件には栄三郎等において所有権取得に必要な代物弁済か、其他所有権取得に関する法律原因がない限り其酒は正太郎の所有であり栄三郎等の債権は正太郎に対する債権であることは否めない、然らば同会社の設立が正太郎個人の所有である機械、器具、什器、酒を以て現物出資を為し現金払込みをしたものでないことは否定できない甲第九号証はこの点に関する現物出資であることを証明して余りあるものである、然るに原判決は同号証を以て現物出資したものでない証拠として説示しているのは証拠を誤解した証拠法に反する違法がある又原判決は現金にて株金の払込みを為さず、正太郎個人の所有権である右財産をもつて同会社設立に付株金払込みに代えたことを認めながら債務があつたから現物出資したものでなく正太郎の個人企業でないと判示したのは其理由の齟齬か不備があり若しくは審理不尽の違法がある、しかしてこの違法は買戻権の譲渡性に関連し判決に影響を及ぼすこと明らかな違法である。

以上

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